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JP PRESSS 2011.12.12(月)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/32359
英エコノミスト誌 2011年12月10日号
ロシアの未来:見えてきたひび割れ
ウラジーミル・プーチン氏は、クレムリンの腐敗を一掃し、経済を近代化しなければならない。
ロシアのためにも、自身のためにも――。
ロシアの選挙は、驚きを生み出すようにはできていない。
同様に、ロシアの街路は抗議者であふれるためにあるものではないし、ロシアの政治家は公にブーイングを浴びる存在ではないはずだ。
この国の「管理された民主主義」の下では、メディアに口輪がかけられ、選挙では御しやすい対抗馬しか許されず、投票操作が広く行われ、ウラジーミル・プーチン氏と同氏が率いる政党「統一ロシア」が圧倒的勝利を手にするようになっているのだ。
だが、12月4日の下院選挙は驚きの結果となった。
前回は64%だった統一ロシアの得票率が50%を割るまでに低下し、議会での過半数を辛うじて維持できる程度にとどまった。
さらに目を引くのは、
「プーチンなきロシア」
を叫ぶ抗議者たちがモスクワの街頭に繰り出し、ロシアでは長らく目にすることのなかったほどの大規模なデモに発展し、それを鎮圧するために治安部隊が投入される事態となったことだ。
ほかの都市でも、小規模なデモが起きた。
12月10日に革命広場で予定されているデモには、既に約1万7000人が参加を登録している。
革命広場はモスクワの主要な公共スペースで、ロシア政府は開催場所を変えるよう求めている。
こうした事態は、1999年末にプーチン氏が初めて権力の座について以来、政権に生じた最大のひび割れとなっている。
プーチン氏が来年3月に大統領に復帰し、最低6年の任期を務めるための準備を進めている時期にこのような亀裂が生じたのは、偶然の一致ではない。
プーチン氏の権力は、2つの基盤の上に成り立っている。
1つは、その政権が人権を軽視し、自身の周囲にはびこる腐敗を看過しているにもかかわらず、個人的な人気が極めて高いがゆえに、プーチン氏の権力には正当性があるということ。
そしてもう1つは、主にひたすら上昇する石油価格のおかげで、ロシア国民の生活水準を着実に高めることができたという事実だ。
■人気の陰り
しかし今や、そのどちらの基盤も崩れそうになっている。
こうした状況は、プーチン政治の終焉が目前に迫っている予兆ではない。
だが、「プーチン後のロシア」という可能性が、初めて空想上のものではなくなっている。
それはロシアの指導者を改革に取り組ませる警鐘となるはずだ。
プーチン氏には最初から、一定の強みがある。
まず、ロシア国民は自由主義を切望しているとは到底言えない。
ピュー慈善財団の最新の世論調査によれば、ロシア国民は、良い統治を実現するための手段として、57%対32%の割合で民主主義よりも強力なリーダーシップに頼る方がいいと考えている。
また、プーチン氏は40%前後の支持率を維持しており、他国の指導者の基準からすれば、まだかなり人気があるように見える。
3月の大統領選での勝利を妨げるものは何もなさそうだ。
だが、世論は明らかに反プーチンに向かって動き始めている。
現在は首相を務めるプーチン氏の人気が落ち始めたのは、2期目の大統領任期を終えた2008年に後任に据えた、いわば傀儡であるドミトリー・メドベージェフ現大統領と役職を交換する計画を発表した今年9月のことだ。
その直後の格闘技の試合会場で、プーチン氏はブーイングを浴びた。
ほんの数カ月前には、到底考えられなかったことだ。
プーチン氏はその後、公式な場に出るのをとりやめたが、代理として出席させた者たちが代わりにブーイングを受けた。
それは、いわゆる「チャウシェスクの決定的瞬間」――甘やかされた独裁者が民衆の怒りを初めて自覚する瞬間――ではないかもしれない。
だが、大きな衝撃であることに変わりはない。
プーチン氏にとってさらに大きな問題は、経済上の要求と政治運営上の要求が、ますます相反するものになっているという点だ。
権力を維持するために、プーチン氏は経済を固く掌握してきた。
そのため、ロシアという国も政権の利益誘導システムも、依然として石油と天然ガスに大きく依存している。
腐敗と非効率のせいで、石油価格が1バレル=110ドル前後を維持しない限り、ロシアの予算は均衡しない。
世界的な経済見通しの厳しさを考えれば、その水準が維持される可能性は低い。
資本と人材は、ほとんど機会のないロシア経済から逃げ出している。
成長率は恐らく低下する。
生活水準が上がらなければ、政府に対する怒りは募るばかりだろう。
■ソ連崩壊時との符合
今から20年前、同様の政治と経済の矛盾がソビエト連邦を崩壊させた。
奇妙なことに、プーチン氏はその時期になぞらえられるのを好んでいるように見える。
プーチン氏は外交政策の新たな優先事項として、旧ソ連構成国から成る「ユーラシア連合」を打ち出している。
また、支持者たちにブレジネフ政権時代を称賛させている。
ブレジネフ時代もまた、安定が停滞へと変わった時期だ。
とはいえプーチン氏も、自身の体制に対する抵抗が、前例と同じように大きくなる可能性を危惧しているはずだ。
それを回避することはできるだろうか?
プーチン氏は何よりも、強固な意志を持つ愛国主義者という自身のイメージを前面に押し出している。
本当にロシアのためを思っているなら、経済を開放し、政治腐敗に歯止めをかけることで、高まる不満に応えるだろう。
■考えられるシナリオ
ロシアの刑事司法制度は、政府と財界仲間の道具となっている。
ロシア国民は皆、そうした縁故主義を嫌悪している。
プーチン氏もメドベージェフ氏も汚職の取り締まりを口にしているが、これまで何もしなかった。
実際に行動を起こせば、若干の力は失うだろうが、称賛を勝ち取れるはずだ。
もう1つの選択肢として、さらに抑圧を進めるという道がある。
治安部隊を投入するという決断は、プーチン氏がこちらの道を選んだことを示唆している。
プーチン氏がほかの方法で立場を守る可能性もある。
「不正と泥棒の党」という嘲笑が広まっている統一ロシアと距離を置くかもしれないし、首相となったメドベージェフ氏を厄介払いするかもしれない。
経験豊富な観測筋は、国家の仮想敵が作り出され、政府がそれを弾圧するというシナリオも予想している。
プーチン氏が手本を探しているのなら、隣国のベラルーシを見れば事足りる。
同国では、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領が欧州最後の独裁者の地位を守り続けている。
抑圧を強める方法は、当面は効果があるかもしれない。
プーチン政権は、しばらくの間は異論を抑え込める程度には治安組織を掌握している。
だが、かつてのソ連が思い知ったように(そして現在のベラルーシが思い知りつつあるように)、経済の問題は、抑圧の維持を難しくする。
インターネットの衆人監視の中では、大規模な選挙不正工作を続けるのも難しくなっている。
たとえ「ロシアの春」を期待するには時期尚早で、反対勢力にまとまりがなさすぎるとしても、ロシアで社会的、政治的な爆発が生じる可能性が高まっていることは間違いない。
■堕ちゆく皇帝を当てにするな
諸外国では、プーチン政権はやや不快であれ、ともかく安定を提供しているという考えが広がっていた。
そうした考えは間違っていた。
西側の企業の多くが既に気づいているように、プーチン氏は外国人投資家に必要な経済的保障を提供できる、規則に基づくシステムを構築できなかった。
また、最近の出来事が示しているように、政治的安定の確立にも失敗した。
心配する理由は、このところのデモだけではない。
北カフカスの無法状態の悪化は、ロシアだけでなく、地域全体の問題を引き起こす恐れがある。
ロシアは安定しているのではない。
硬直しているだけだ。
皇帝が帝国の改革に乗り出さなければ、ロシアは今よりも危険な存在になるだろう。
近隣諸国にとっても、プーチン氏自身にとっても、だ。
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英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
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